99億ウォンの宣伝予算を投入し、18ヶ月のプレデビュー期間に、12人のメンバーの全員のソロと3つのユニットを活動させるという、異例のビッグプロジェクト「今月の少女」이달의 소녀(イダソレニョ) LOONAが、いよいよ最終コーナーに差し掛かろうとしている。



 既に11人のメンバーがお目見えし、LOONA1/3、Odd Eye Circleという2つのユニットがプロモ活動を行った。残るは一名だ。 昨年10月16日、最初のメンバーHeejinの『Vivid』のリリースから数えて既に15ヶ月に入る訳で、この先、ラストのメンバー+ラストユニットのプロモに3ヶ月が費やされる。予定どおりに行けば、2018年4月一杯でプレデビュー期間は終了し、いよいよ12人のLOONA完全型が姿を現すことになる。

 空前絶後と言っていいほどのスケールの仕掛けもさることながら、リリースされる楽曲の上質さ、そしてPVに仕掛けられた様々な記号(ユニットメンバー同士のリンクはもちろん、メンバーの資質やグループ内の位置づけを象徴的に表す意味で一人ひとりに付与されたカラーとトーテム的なシンボル動物など)や謎めいたストーリーが散りばめられ、一年以上に渡ってファンを釘付けにしてきた。

 主役の少女の魅力はもちろん、一曲一曲の歌詞の世界を巧妙に映像化するだけでなく、LOONAプロジェクト内部の入り組んだ関係性や、秘められたストーリー背景に配したPVは魅力抜群で、その芸術性に魅せられたファンが多いのではあるまいか。実際、韓国語を理解できない海外のファンも、視覚からLOONA世界に入るパターンが多いらしく、You-tubeではLOONAビデオの解説やインプレッションを語る英語圏リスナーのビデオが次々に投稿されている。

 この麻薬性の高いビデオを一貫して制作しているのは、K-POP PV制作チームdigipedi。パク・サンウ&ソン・ウォンモーーこの創始者二人を中心にしたチームだが、その作風はひと目で判るほど作家性に溢れており、原色系の強烈な色彩を用いて、セットをシュールリアリズムのキャンバスに変貌せてしまう。人工的でポップ、なおかつ文学性を秘めたこのアートワークを見るにつけ、元洋楽ファンの僕などはロックのジャケットで名を馳せたアート工房・ヒプノシスや、MTV時代の寵児であったPV制作チームゴドレイ&クレームなどを連想してしまう。



 その完成度の高さと、プロモ効果の高さ故に注文が殺到、毎月数本のPVを制作する超量産体勢にあり、いつアイディアが枯渇してもおかしくない。(実際、“手癖”で作られたなと思うような作品も散見しないではない)それでも毎作新鮮な印象を残していくのは、彼らの作品が単に「思いつき」主体のアイディアで映像を構成しているのではなく、与えられた楽曲と歌詞をじっくり読み込んで、その世界の映像化に徹しているからだろうと思う。いわばインパクト勝負の、コケおどしや喫驚さで売っているのではないこと。あくまで「見せるための演出手法」として自らの映像技術やデザインを使っているので、視聴者は「描かれた内容」とその解釈に集中できるのである。音楽とのマッチングも抜群で、先達であるミッシェル・ゴンドリーの手法を真似て、小節ごとに構成要素を書き出し、エクセルで整理するという緻密なやり方でシンクロさせるという。こうした“文法”を持っているからこそ、毎回新鮮な印象が残せるのだと思う。

 2007年の初PV制作から十年。千本を優に超える制作作品の中でも、その読解力の高さと世界構成が見事な形で結実しているのが、一連のLOONAのソロシリーズだと思う。そこで本ブログでは、LOONAの完全体デビューに向けて、これまでのLOONA&digipediのコラボ作品すべてを一本一本読解していく、超マラソン企画に挑んでみたいと思う。力作ぞろいなことと、リリースが矢継ぎ早なので、あまり力こぶを作って毎作品フルボリュームでやっていると、途中で挫折してしまうような気もするが、そんな荒行に挑んでみたくなるほど、魅力的な作品揃いなのである。



 先にも述べたとおり、LOONA贔屓のyou-tuberやK-POP blogもこぞってLOONA推しのキャンペーンを展開しているので、いわゆる背景情報や、事実を並べ立てるのはそちらにおまかせしようと思う。こちらは歌詞/PV/楽曲のシンボリズムや、テーマの読み込みに徹して、最終的にLOONA世界の目指すもの読み取って行きたいと思う。

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 第一弾は、11人目のメンバーとして登場したGo-Wonの『One & Only』を取り上げよう。
 発表順にではなく、いきなり最新作からスタートしたのには訳がある。
 これまでもLOONA PV/歌詞には多くの暗喩(もしくは秘められた記号)が詰め込まれていたが、仮に元ネタがわからなくても、ストレートな「見たまま」で解釈できるものが多かったように思う。しかし、ここ数作(特に『One & Only』)は古典や神話にルーツを持つ「引用」や「ほのめかし」の素材が増えており、情報の補助線なしにはメッセージが伝わらないようなハードルの高い作品となっている。

 リリースからまだ2日しか経過していないこともあるが、掲示板やインプレッションビデオを見わたした感じでは、この作品のキーになるワード「GOSICK」と、テーマである「ナルシズム」を見落して、「見たまま」を解釈して終わっている感想が多いように感じた。

 LOONAには3つのユニットがあり、メンバー同士は共通するテーマと世界観を与えられているのは前述したとおりだ。

 最初のユニット「LOONA1/3」は思春期前期の少女のナイーブさを様々な角度から描いており、いわゆるK-POP的表現で言う「清純派」の世界観を担っていた。続くOdd Eye Circleは活発で溌剌としたハイティーンの冒険心を、超自然的・運命的な友情で結ばれた“仲間”探しの物語(いわば『南総里見八犬伝』や『三銃士』の少女版)として描いている。

 第三ユニットにはまだ名前が与えられて居ないが、これまでの二組以上に、ソロ作とチーム活動を関連付ける伏線が多数ちりばめられており、プロジェクトの練度がさらに高まった感がある。

 この手法は、既にOECの活動でもちらほら試されていたものだが、ここまで有機的・立体的にソロ作←→ユニット作が共通の世界観で一貫しているのは、9番目のメンバーYvesの『New』からの三作のみだ。(OECでは、ユニット三番手Choerryの『Sweet Cherry Magic』で後付け的に、先行作とのヒモ付が行われたため、ソロ作というよりOECの前奏曲作になってしまった印象がある。これについては改めて当該作品を取り上げる時に、別途分析させてもらおうと思う。)

 Yvesの『New』で非常に印象的かつ、何度も重畳して使われていた記号が「リンゴ」である。

 彼女の芸名であるYvesは、旧約聖書『創世記』で語られるエデンの園の逸話、禁断の知恵の実を齧った咎で楽園を追放されるアダムとイブのEveを連想させる。

 言うまでもなくこの「知恵の実」はリンゴを指すと言われており、PV内でもゴルフボールのように打たれたり、投げ上げられたりする描写が何度も登場し、その逸話が『New』の重要テーマであることを表現している。「知恵の実を齧る」=変化を恐れず、望みに向かってどんどん新しい自分を更新していく事なのだと力強く宣言する歌詞は、即ち「禁断の果実を食べて何が悪いの?」と欲望を隠さないこと=旧弊なモラルからの解放を表現している。



 また、続く第10番目のメンバーChuuの『Heart Attack』にも、このリンゴのモチーフは執拗に再使用されていて、このPVにはYvesがChuuの女子校での憧れのセンパイとして再登場する。一足早く「欲望を肯定するカッコイイ大人」の世界に足を踏み入れたYvesを、時に健気に、時にウザいまでの熱情でストーカーしていくChuu。青い未成熟なリンゴは、同性に強い好意と愛着を寄せる百合(レズビアン)感情の象徴として登場する。

 発表当時、アメリカBillboard誌のWeb版掲載の記事が、同性愛をテーマにした曲が人気であると異例のレポートを掲載したのも記憶に新しい。そうしたセンセーショナルな面が一般への波及を促進したのか、LOONA全作の中で最も短い期間での100万PVを記録した。



 これらの作品の積み重ねの中で浮上したのは、LOONA第三ユニットのテーマが「欲望の肯定」であり、「リンゴ」のモチーフを多用する事で、旧約聖書の楽園(エデンの園)追放が表現されているということだった。神の恩寵に背を向け、ルールを破り、欲望のまま振る舞う姿勢は、死や戦争すらも厭わない、人間の暴虐性につながる。いわば「神に見放され」て、原罪を背負って生きる人間たちの浅ましさを、あえて肯定しようというのだから、かなり物騒なことを言っているのである。

 まして、まだまだ旧来の儒教教育が力を持ち、男尊女卑が社会圧力として強いとされている韓国で、このテーマを語ることが、如何にインモラルで衝撃的なのかは言うまでもないだろう。

 ファッションとして「ガールクラッシュ」風の化粧や衣服をつけるのは、今や時代の趨勢として許容範囲であろう。だが、精神面での(ガチな)放埒にはまだまだ批判の風圧が強い。パンクロックやヒップホップ最前線の作品のように露骨な表現で欲望を煽れば、社会規範との衝突は避け得ない(現に軍政時代の80年代韓国ではパンクロックが朴政権によって徹底的に弾圧された。)

 そんな状況であえて「欲望」を真正面から肯定してみせた、『New』と『Heart Attack』の連作が如何に冒険的な作品であったかは、推して知るべしであろう。(特に、フェミニズム的に「理論武装」したお硬い言葉ではなく、現役の少女達の心にストレートに飛び込むポップソングに仕立てた姿勢は絶賛に値する)。


 そして今作『One & Only』では、さらにテーマが先鋭化する。
 
 ついに孤独の肯定=社会の根本原理である「協調」すらどうでもいいという、思春期前期の少女ならではの超アナーキーな独断が歌われているのである。うっかりすると、このテーマ設定は前二作の背徳感を遥かに上回るーー文明や社会自体にNOを突きつける文字通りの「革命」的内容になるわけで、こんなアグレッシブなテーマを何食わぬ顔で少女に歌わせたBlack Berry Creativeのスタッフは、かなり過激なパンク精神を持ち合わせているのではあるまいか。

 もう、その表現は穏やかなポップフィールドの産物ではなく、戦闘的なメッセージ・ロックや社会思想レベルでの、「現有社会」に対する宣戦布告的なモノになってしまうからだ。

 では次章では、具体的にこの歌が内包する危険な世界観に迫っていきたいと思う。

 (後編に続く)